「願い」と「問い」
願いとは、「命を循環させるための問いに気づけるようにする機能」であり。
願う行為とは、その問いを「明るみにするための仕組み」です。
願った後、
その願いが魂の計画からズレていれば、それを修正するための現実が現れるし。
その願いが魂の計画に通っていれば、宿されてきた道を創り変えていくための現実が現れる。
願ったことで現れた現実にどう取り組むか。
それに気づかないまま、「願う行為」だけを繰り返すと、その仕組みによって明るみになった現実だけがどんどん強まっていき。
その課題に取り組むためのキャパを超えてしまうと、強制終了でその場を創り変えるチカラを受け取るしかなくなります。
誰かのために願う前に、願ったことで自らの目の前に現れた現実とどう向き合うかに取り組む。
願う行為ではなく。願った後の現実に目を向けることが目的となれば、一人一人の魂の願いが叶い、全ての命の願いが叶うようになります。
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